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それでも人生にイエスと言う

もう、ただの日記だに

【映画】『時をかける少女』を改めて見たら、主人公の愚かさが自分に返ってきて絶望した

一回目見た時には、主人公の愚かさ加減ばかり目についてイライラしてた『時をかける少女』。huluで8/31までだったのでせっかくなので見ました。

一回目は私が26歳の時だっけかな。レンタルで見ました。

その当時は、しょーもないことにタイムリープしまくって結果的に友人を危険に晒してる真琴にすごくイライラしてたっけ。ボロボロになってるまことを見ても、まったく同情できなかった。

んで、今、30代中盤。年をとったからかもしれませんが、昔ほど苛つかない。というか全く苛つかない。なぜだろう。

しょーもないことでタイムリープを繰り返して「人生バラ色だ。わはは」と笑う真琴に、おばや友人は

「そんな程度の使われ方で良かった」
「使われたのがバカでよかった」

とか言うのですが、なるほど。主人公がアホだからこの話が青春映画として成り立つのか…と二回目にして気づきました。

気づいたけれども、この主人公はやはり好きになれない。なんでだろう…と、これまで自分が好きになったキャラクターを思い巡らしてたら、なんか分かった。

真琴は、根本的に頑張らない子(都合の悪い事に逃げる子)だから好きになれないんだ…。最終的には、自分の愚かな行為を反省し振り返るんだけど、それにしても立ち直りが早すぎやしないか。軽すぎる。だから、「ああ、この子ってただの馬鹿なのかな…」って思ってしまう。

ジュブナイルであるがゆえに、映画には「《納得》出来るように生きよう」(時に賭けろ)というポジティブなメッセージがある。映画ではあからさまに、「未来に駆け足で行きたくなる」ような主人公の姿に羨望を覚えるような構成になっている。それにしても、主人公は過剰なほどにポジティブだと思う 『時をかける少女』から「納得」を得るか「絶望」を得るか。 - 荻上式BLOG

そう、ポジティブなのはいいことだ。未来に前向きなのはいいことだ。ただ、この手のタイプのポジティブさは周囲を振り回しがちで、迷惑なことがおおい。

ちなみに、私も比較的ポジティブな方なんだけど、以前友達から

君のポジティブさは、うつ気味の僕からすると逆にうっとおしいよ。

と言われたことがあったりするので、真琴を見ていて苛つくのは近親憎悪だったのかもしれない。そして、年をとった今、真琴にそこまで苛つかないのは、そんな愚かな自分を受け入れつつあるということかもしれない *1

あ、よく考えたら「それでも人生にイエスと言う」という言葉をブログタイトルにしてるところからしてポジティブだった。ただ「それでも」って言葉がポイントなのよ。今は多少は思慮深さを持つようになったのだと自分を信じたい。

時をかける少女 [Blu-ray]

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そういえば、タイムリープする時、なんで飛ばなきゃいけないんだろ…。

時をかける少女 〈新装版〉 (角川文庫)

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実は、こちらの小説版読んだことがないんだよね。今度読むか。

*1:ぶっちゃけそこまで愚かとは思ってないけど。なお、その友人から「そのプラス思考は宗教にもなるよ。教祖をやる気になれば僕が動くよ。」とも言われたことがある。