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それでも人生にイエスと言う

もう、ただの日記だに

【新書】一橋文哉『人間の闇 日本人と犯罪<猟奇殺人事件>』

備忘録 読書

この本の前に読んだ『人を殺してみたかった―17歳の体験殺人!衝撃のルポルタージュ (双葉文庫)』とはうってかわって、こちらは著者のひどい思い込みをいかにも最もらしく語っている だめな方の部類の本だ。文章自体は読みやすいんだけど、内容の構成が散漫すぎる。ひとつの事件をある論調で語っていると思ったら、その結論に導くための根拠として別の事件を紹介するではなく、事件のごく一部に注目して共通性のある事件を語って完全に脱線したり。それ今言う必要あった?とか思うことが多々有り。取材したり調査した事件全て話したくなるのはわかるんだけどさー。

ただ、ここ最近(半世紀くらい)の目立った殺人事件はひと通り網羅しているので、あぁ、そっかこんなことあったな。とか振り返るのにはちょうどいいかも。ただし、日本国内限定だけど。

特に詳しく述べられているのは

  • 宮崎勤が起こした東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件
  • 酒鬼薔薇聖人の神戸連続児童殺傷事件
  • 加藤智成の秋葉原無差別殺傷事件
  • 世田谷区一家殺人事件
  • 新宿・渋谷エリート夫バラバラ殺人事件
  • 秋田・児童連続殺害事件

あたり。でも、どれもこれも、本当に著者の勝手な推論でどんどん話が進められていくので、注意。

たとえばこんな記述。

 やれ「肉食女子」だの「草食男子」だのと騒いでいるように、現代社会では男性のパワーが女性より弱くて、同年代の女性と対等に付き合えない男性が増えているといわれている。
 そんな男性たちが向かう先は、征服が容易な小児性愛と見られている。それだけに宮崎事件を解明できなかったことは痛恨の極みと言っていい。

全国の「草食男子」に謝れ。

 私は人とあったり原稿をかいたりするため時折、ファミリーレストランを利用することがあるが、同じテーブルに友人や同僚らしい複数の人間が座り、一緒に食事したいりお茶を飲んでいるのに、互いに会話することもなく、各人が携帯電話やパソコンでメールを打ったり、情報を検索している風景を目撃したことが何度もある。
 おそらく日常茶飯の出来事であり、本人たちは何も感じていないのだろうが、傍から見ているとかなり異常な景色に映る。何となく「この若者たちは隣の人が急に倒れて死んでも、きっと何のリアクションも示さずにメールを打ち続けるんだろうな」と想像しながら眺めていたら、突然、ある考えが閃き、それはやがて確信に変わった。
 <電脳空間に生き、仮想現実しか知らず、実体験を味わえない人間は、自分の希薄な存在感を確認し、虚ろな思いを癒やすためなら、恩讐も利害も何もない全く見知らぬ者を標的にして(あるいは巻き込んで)平然と、とんでもない事件を起こすかも知れない…>
 その危惧が現実となったのが、2008(平成20)年の秋葉原17人殺傷事件をはじめとする無差別大量殺人事件の頻発だ

もうどこをつっこんでいいのやら…。いろいろありすぎるわけだけど、無差別大量殺人事件の頻発。っていつ頻発してたっけ?

次はちょっと海外の事件をいろいろ調べようかと思います。世界に目を向けると、一個人で100人以上殺してる殺人鬼とかがいて、どうやったらそんなこと可能なんだろう。とかマジで意味不明。