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それでも人生にイエスと言う

もう、ただの日記だに

【TVドラマ】篤姫50話を見終わった今なら、幕末史テスト100点とれる自信があります。

今、huluではNHK大河ドラマ篤姫が配信されている。4月半ばから見始め、コツコツ見続け、ようやく今日で最終回を迎えた。長かった。

実はNHK大河ドラマをしっかり見通したのはこれが初めてだったのだけど、民放のドラマにくらべ大河ドラマは豪華だし見応えがある。そしてなんというか演技指導がしっかり行き届いてるような気がした。ぬかりなく、民放ドラマに見られるような雑さがない。(もっとも最近のNHK大河ドラマの評判はあまりよくないので、今はどうか分からないけど)

それはそうと篤姫には相当泣かされた。ってか、篤姫が泣いてる時には大抵私も涙しているのだけど、その中でも、回想シーンの度に涙ぐむのは次のシーンである

7話 父の涙

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斉彬の養女としてお城に行くその日、生家の父上が別れ際に「そなたが娘で、なんというか…愉快であった」って泣き笑い顔で言うんだけど、これが本当に毎回くる。回想シーンでも毎回泣けるレベル。素直になれない父様の精一杯の言葉なんだけど、いい台詞だと思う。

27話 徳川の妻

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あれです。最後抱きしめる回ですな。 腐女子ならではのカップリング萌えとやらで、私は、家定×篤姫に相当ハマってました。頑なで心を閉ざした家定に篤姫がぶつかっていって、徐々に家定の心を解きほぐし、最後は心を開いて、徳川の行く末を託すまでに信頼をよせる。とか少女漫画の王道だし、たまらん展開でヨダレものでした。 このシーンはそのクライマックスともいえるシーンで、生まれ変わってもまた自分でありたい。篤姫に会うために。と家定様が言った時、もう嬉しくて嬉しくて、本当に篤姫よかったね。って思って泣けて泣けて、でも、もうすぐ家定さまがいなくなってしまうのは分かっていたから、余計に切なくて。

マジで「びぇぇぇー」と叫び声をあげながら泣いていて、息ができなくなって「うぇっ。うぇっ」ってしていたら、一緒に見ていた彼が「人間って本当にこんな風な泣き方できるんだ…」と目を丸くしていた。はい、私自身かなり驚きましたよ。(この「家定×篤姫」に相当入れ込んでいたため、家定公が亡くなられてからは相当テンションが下がり、だいぶ観るペースが落ちてしまったりしました。)


ところで、私は高校時代、日本史の授業はもっぱらお昼寝の時間だったのだが、そのためか、西郷隆盛とか大久保利通といった名前は知ってたけど、何をした人なのか全く分からないほどの無知でした。事前知識が全くないので、この時代特有の価値観には相当ギャップを感じていたものである。中でもあの当時なぜ皆が「攘夷」にこだわったのか?その理由が今だにわからない。

作中、攘夷派は皆口を揃えて攘夷!攘夷!と叫ぶのだけど「なぜ今、攘夷をする必要あるのか。」その理由を問うた人はいたのだろうか。特に帝の攘夷思想は「なんとなく外国が嫌い」といった完全に気分的なものに見えた。一歩間違えれば、その「気分」で戦が起きるのである。頼むから合理的に考えてくれよ。と端から見ていて思った。

もちろん、あの時代にだって聡明な指導者はいたに違いない。が、こんな気分で意思決定されて、それに従わざるえない状況とか悲惨すぎるな。と改めて思った。(その場合、一揆などで命をかけた意思表明はあったのだろうが)

とりあえず、自分の無知を恥つつ、あの時の攘夷派の狙いみたいなものは追って調べたい。作中語られなかっただけで、本当は確固たる理由があったんだよね?