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それでも人生にイエスと言う

もう、ただの日記だに

研究の魂

今日は午前中は、アルバイト先の会社の社員さんのお母様が亡くなられたそうなので、告別式に出席しに行きました。実はお葬式は生まれて初めてでかなり戸惑いました。ううむ。

で、午後からは学校行った。先輩にいろいろ話を伺いました。基本的にはどの先輩も研究面で尊敬しているんだけど、その中で、人間性をも尊敬に値する人物がただ一人だけいます。その人は私よりも随分年上だけど、本当に何気ない優しさを発揮できる人なんですよね。たぶん、気を使うことを意識しているわけじゃない。本当に何気ないんです。

今日もたまたま顔合わせたときに「生駒さん元気?」と朗らかに言ってくれる。ちょっと困った顔をして私が「はい、元気ですよ。研究やってますよ!」と応えると、「…そうか、元気ないのか?」と苦笑い。その後に「気を張り過ぎないようにがんばりな。」と。 その気遣いはとてもゆったりしてて優しいものなんですよね。

普通に研究の話をしていても、親身に、でも決して私に引きずられず自分のペースを保って相談を受けてくれる。だからとても相談しやすい。負担をかけすぎないことがわかっているから。

そういえば今日その先輩に言われたことで、とても印象に残った話があった 「昨日、情熱大陸見た?生駒さんの研究に近いことやってたよ。すごく面白かったよ」 内容を聞くと、確かに私のやりたいことに近い内容だった。情熱大陸:ロボットスーツ 私は今は、運動学やってるけど、本当はこういったリハビリ系の研究がしたかったんだ。心身医学ってよく言われてる分野を心理学の観点から科学的に証明したかった。手足を動かすことができなくて諦めかけてる人に「大丈夫だよ。科学が可能性を証明してるよ」といってあげたかった。それ以上に、人間の心理的な作用からくる生命力を信じてた。 だけど、結局その分野はまだ発展途上で、心理学の分野ではフォーカスされてなかった。それに、私のしたい研究領域にまで踏み込むとなると医師免許が必要になった。担当の教授もあまり乗り気じゃなく、結局その系統の研究を諦め、私は普通に就職することに決めた。

私「わぁ、よかった。私じゃなくても、誰かがきっと証明してくれますね!」と笑うと 先輩「いや、自分でやれよ(笑)」と突っ込みが入る。

先輩にそういわれた時、瞬時に「無理だよ…私はもう諦めたんだから」と思ったけど、好奇心から来る研究の魂みたいなものを思い出した気がする。最近の私は知的好奇心からの研究というよりも、ただ卒業するために必死になっていただけかもしれない。 もちろん先を見据えて卒業のために割り切って研究を進めるのも大切だけど、せっかく院にいるのに…あの院に入るまでの私の研究への情熱は一体どこへ消えてしまったんだろう。 あと3ヶ月…楽しんでやれたらいいな。